一般向きの本

 一般向きの本及書(新書版)で地下水に関する本の出版は非常に少なく、すでに絶版となっているものが大半です。ここでは昭和の初めからの普及書の出版経過を少し記すことにします。
 戦前の昭和17年に最初の普及書と思われる吉村信吉著:「科学新書20 地下水」(吉村信吉著 河出書房 1942)が刊行されました。科学的な見地からの著作で著者の吉村先生は湖沼学の権威ですが、陸水や海洋関係の普及書も出されています。このほかに昭和18年に土地改良叢書の1冊として堀田正弘著:「地下水利用」(帝国農会 1943)「参考」が地下水の利用面を含めた地下水の概要をコンパクトにまとめて刊行されています。ただし、この本は古書市場にもほとんど登場しない本であり、大学図書館等でしか閲覧することができないのが難点です。
 戦後では、昭和34年には山本荘毅・柴崎達雄共著:「地下水 そのうもれた資源をいかすコツ」(畑地かんがい研究会 1959)が出版されています。当時の地下水ブームに応え、地下水全般を網羅した著作で、図表や写真も多く分かりやすい内容となっています。昭和30年代後半になると、当時の通産省地質調査所において「地下の科学」シリーズと銘打った新書版が出版され、その中に昭和37年刊行の蔵田延男著:「日本の地下水」(実業公報社 1962)、昭和43年刊行の村下敏夫著:「水井戸のはなし」(ラテイス 1968)があります。両書とも地下水調査の実務を反映した内容で地下水や井戸のことが分かりやすく記述されています。
 このあとはぱったりと手軽な新書程度の本は出版されてなく、平成3年のNHKブックスの榧根勇著:「地下水の世界」(日本放送出版会 1991)に至るまでありませんでした。この本の著者榧根先生は山本先生の講座で水文学(すいもんがく)特に地下水学を研究され、この著書は、地下水観からフィールドワークによる調査結果まで広範囲にわたって地下水の姿を捉えた内容となっており、かつそれらが非常に分かりやすく書かれています。しかし、残念ながら現在は絶版となっております。ただし、古書市場では比較的よく見かける本なので入手は比較的容易ではないかと思われます。この「地下水の世界」は2013年2月に講談社学術文庫で「地下水と地形の科学 水文学入門」とタイトルを変えて出版されました。まえがきには、本文の補足を兼ねて近年の学術動向、最近の地下水研究についての記述があり、現在読んでも地下水についてするには十分な内容となっています。

 現在出版されている中では、井田徹治著 日本地下水学会編:「地下水の科学」(講談社ブルーバックス 2009)が地下水全般に関わる事項を広く網羅した内容となっており、地下水を初めて学ぶ人にとっては基礎的なことが学べる本です。このほかに、守田優著 日本地下水学会編:「地下水は語る 見えない資源の危機」(岩波新書 2012)があります。都市化に伴い大量揚水が続いた結果、地盤沈下や湧水の涸渇、その他新たな汚染などのさまざまな地下水障害の発生を解説し、今後の地下水とのつき合い方を示している好著です。
 社会的な面から地下水を捉えた本として橋本淳司著:「日本の地下水が危ない」(幻冬舎新書 2013)があります。帯にはジャーナリストからの緊急報告。日本は水資源争奪戦に勝ち残れるか?といったセンセーショナルな文章が記載されており、外国資本による水源地買収問題などについてレポートし、自分たちで地下水を守ることの大切さを説いています。
 また、地下水の利用と保全に関する入門書として西垣誠・瀬古一郎・中倉裕昭編著 GUP共生型地下水技術活用研究会著:「育水のすすめ」(技報堂出版 2013)があります。流域の共有財産である地下水について技術者の方々が少しでも地下水の涵養を考える仲間を増やしたいとの気持ちで書かれたもので29の話を読みやすく一話読み切りのスタイルで構成された本です。
 読み物的なものでは、戦後すぐの昭和23年に発刊された蔵田延男著:「水を探る科学者」(柏葉書院 1948)「参考」があります。私たちの生活が水に依存しているのかを農業や工業など産業や、私たちの飲料、河川水やダム、井戸や地下水という流れで具体的に記載され、地下水を探すための手法についても記載があります。
 地域的な内容となっていますが、多摩地区を中心に地下水を守る運動をされている人たちによる水みち研究会著:「水みちを探る」(けやき出版 1991)や水みち研究会著:「井戸と水みち」(北斗出版 1998)は、水みちや井戸について初心者にわかりやすい内容の小冊子となっています。特に多摩地区の湧水について詳しく記載した百瀬千秋著:「多摩の湧水めぐり」(けやき出版 1992)も分かりやすい小冊子です。同様に、地域の地下水を守る活動をされている方々による地下水を守る会著:「やさしい地下水の話」(北斗出版 1993)も東京の話題が多いものの、地下水に対してこれから学びたい人にとっては、教科書となる本です。これらの本は、現在入手可能な本です。
 日本の特定地域の地下水についてやや科学的な側面から書かれた本としては、中馬教允著:「歴春ふくしま文庫8 ふくしまの地下水」(歴史春秋社 2001)や肥田登・吉崎光哉共著:「湧水とくらし 秋田からの報告」(無明舎 2001)があります。前掲の2冊とは異なり、やや一般的な本ですが、地下水が豊富な熊本で刊行された熊本開発研究センター編:「地下水のはなし」(熊本開発研究センター 1995)は、熊本の地下水について知るには入門的な本となります。しかし、全国的な一般書店での扱いとはなっていないので入手が難しい本となっています。
 また、東京の地下水を主体に地下水全般については、東京地下水研究会編:「水循環における地下水・湧水保全」(信山社サイテック 2003)が詳しく、東京都土木技術研究所の方々の研究成果を踏まえた少し専門的な内容もあり、技術者の方にもお勧めな内容の本です。
このほかに農林省から東海大学教授となられ地下水についての研究を進められた柴崎先生による 柴崎達雄著:略奪された水資源 地下水利用の功罪(築地書館 1976年)と柴崎達雄著:「農を守って水を守る 新しい地下水の社会学」(築地書館 2004)も地下水利用面から地下水の大切さを扱った本として有用なものである。後者は、特に熊本における地下水利用の事例によるもので、「白川地下水バイパス」説についてわかりやすく解説されています。最近出版された山田健著:「水を守りに、森へ 地下水の持続可能性を求めて」(筑摩書房 2012)はサントリーの地下水を育む「天然水の森」を守る活動について、多くの専門家と共に様々な問題を解決していくようすについて記載された本で、日本の森と水は危ういことが知らされる好著です。