理学系の地下水の本で古いものは、鈴木昌吉著:地下水概論(岩波書店 1931)である。この本は岩波書店の岩波講座「地質学及古生物学・礦物学及岩石学 地理学」の中の地理学の1冊で79pの薄い冊子です。地下水全体についての概要を記したものとなっています。同様の岩波講座には、福富忠男著:地下水(専ら飲料用地下水について)(岩波書店 1933)がありこれは地質学・古生物学に中の1冊となっています。こちらは副題にあるように飲料用の地下水についての記載が中心となっています。さらにこの岩波講座の地質学・古生物学の中には、関連分野のものとなる 阿部謙夫著:水文学(岩波書店 1930)があります。タイトルに地下水学という名前が付いたものとしては、時代は可成り下りますが、村下敏夫著:地下水学要論(昭晃堂 1962)があります。著者は長年にわたり地質調査所(現在 産業技術総合研究所 地質調査総合センター)で水理地質の研究をされていました。この本は、昭晃堂の「水シリーズ」の中の1冊で、地下水を扱う実務者向きの内容となっています。この本は1975年に 村下敏夫著:改著 地下水学要論(昭晃堂 1975)として改訂版が出版されています。
参考までに地質調査所における地下水調査の歴史については、元地質調査所で後に島根大学教授をされた黒田和夫氏が地質調査総合センター第11回シンポジウム「地下水のさらなる理解に向けて」で次のように述べられています。「1882(明治15)年,農商務省に地質調査所が設置されるが,地下水に関連する調査報告は,堺市街地の井戸水の塩水化の原因を探るナウマン(1883)の報告と,東京市街地の既存の深井戸の水質を調べて水道計画の資料とするコルシェルト(1883)の報告で,現今の表現でいえば環境問題であった.鈴木敏(1888)による「東京地質図説明書」には「地質と水脈」の章で地下水の水質に言及しているが,これも既設井戸や湧水の調査であった.積極的に調査井戸を掘削して地下水の賦存状態を確かめたのは,1898(明治31)年の比企忠による「京都市地質調査」である.目的は水道の敷設計画にかかわるものであるが,現在のオールコアボーリングと検層に比較できる内容の地下地質と水質の調査を行って.地下水の賦存状況を調査している.1925(大正14)年には福富忠男が札幌市の井戸の悉皆調査から地下水面等高線図を発表し,試験井戸を掘削して地下地質を把握し,あわせて水質を分析している.明治期に海外諸国との交易をもって近代化を進めた日本では,港湾,水道,鉄道網の整備がはかられた.横浜築港工事には地質調査所が水面や平野下の地盤地質調査に貢献したが、上水を道志川から導く水路建設では,経路周辺の井戸水の枯渇を招くおそれがあるとして,現在でいう環境影響調査(河野密,1912,14)を実施している.丹那トンネルの建設工事中の大出水と,それに関連する湧水,井戸水の枯掲(地下水面降下)について詳細な観測を行い,丹那盆地の地下水収支を解析した阿部謙夫は,後に日本での「水文学(岩波講座)」(阿部,1930,33)を紹介することとなった。」
さて、地下水学の教科書として最も著名なものが 酒井軍治郎著:地下水学(朝倉書店 1965)です。これまで地下水学について体系的にまとめられた本が無い中、執筆されたもので現在においても非常に有用な内容となっています。同じ著者には、地下水学の応用面を中心に書かれた 酒井軍治郎著:応用地下水学(朝倉書店 1969)があります。
地下水だけでなく陸水全体をまとめた教科書として 山本荘毅編:陸水(共立出版 1968)があります。この中のp.260-299に地下水の章があり、地下水についてのまとまった解説がされています。この本は 共立出版の地球科学シリーズの中の1冊となっています。その後の教科書的な本としては、山本荘毅・榧根勇監修 建設省水文研究グループ翻訳:最新地下水学(山海堂 1977)があります。この本は、国際水文学10カ年計画(1965-1975)の基本計画のもとユネスコにて作成されたものの翻訳です。各国での地下水調査の促進と理解を測ることを目的としたもので、地下水全般について記載された実務者向きで、1980には改訂新版が出版されています。地下水の観測に関する本としては、(財)国土開発技術センター編:地下水調査及び観測指針(案)(山海堂 1993)があり、国等が行う地下水調査及び観測の指針となるもので具体的な調査観測の仕方が記されています。
1990年代のものとしては、山本荘毅著:地下水水文学(水文学講座6)(共立出版 1992)とドミンコほか著(大西監訳):地下水の科学 Ⅰ地下水の物理と化学(土木工学社 1995) :地下水の科学 Ⅱ 地下水環境学(土木工学社 1996) :地下水の科学 Ⅲ 地下水と地質(土木工学社 1996)があります。前書は、地下水の水文学についての本で、土壌から地下の地下水挙動や流動、水循環、水収支、地下水の性格として水温・水質、探査や管理などについて記されている。地下水の基本を知る上ではすぐれた好著である。後書は、大学の専門分野での教科書として使用される内容で、地下水に関する基礎理論から実用面にまで幅広く解説した本で、日本ではこのような内容を網羅した本は少ないため、翻訳本のため海外の事例での記載となっているが地下水を研究する学生にとっては必携な教科書となっています。
1920年代からはじまった地盤沈下に対して工業用水法が1957年に施行され、それ以降揚水規制がされるようになってきました。そんな時代の実務書として 地下水技術センター編:企業と地下水(日本工業用水協会 1969)があります。地下水技術センターは、日本工業用水協会にあり、地下水技術に関する研究指導などを行っているところです。
地下水を含めた水循環について黒部扇状地を対象に研究された成果をまとめた本が、榧根勇・山本荘毅著:扇状地の水循環 環境システム論序説(古今書院 1971)です。東京教育大学(現 筑波大学)におけるフィールド調査の内容を詳しく記載したものです。
地下水は貴重な水資源でもあり、その立場から書かれた本が 水収支研究グループ編:地下水資源学(共立出版 1973)です。水収支研究グループは、元農林技官でありその後各大学で教鞭をとられた柴崎達雄氏を中心とした研究グループで、この本では水収支の立場から地下水資源の開発と保全について記されています。前著の最新版として、水収支研究グループ編:地下水資源・環境論 その理論と実践(共立出版 1993)があります。資源のみならず環境に関する論説が展開されています。柴崎達雄氏及び水収支研究グループによる本としては、このほかに地下水の管理をテーマとした、柴崎達雄編:地下水盆の管理 理論と実際(東海大学出版会 1976)と水収支研究グループ編:地下水管理モデル(環境情報センター 1978)があります。早くから地下水環境の維持管理に着目した点で重要な書籍となります。
地下水資源の保全と開発について書かれた本として 榧根勇編:地下水資源の保全と開発(水利科学研究所 1973)があります。これは千葉県市川市での地下水調査の結果をまとめたもので、地域の地下水についての研究事例となっています。
地域の地下水について書かれた本に 地下水技術センター編:地域社会のなかの地下水(地下水技術センター 1975)があります。めずらしいA4横の本で、わが町わが村の地下水として7か所の地下水利用紹介がされています。副題は「その利用のための調査と管理のガイドブック」となっているように地下水利用のアドバイスが記されています。地下水技術センターでは、蔵田延男著:日本地下水考(地下水技術センター 1981)も発刊されており、この本には全国での地下水調査の事例が多く掲載されています。また、全国各地で行った自然放射能探査の200例突破記念として出版されたものとして 地下水技術センター編:水脈調査中(地下水技術センター 1990)もあります。
九州・沖縄の地下水については、古川博恭著:九州・沖縄の地下水(九州大学出版会 1981)があります。農水省技官である著者が現地で調査したものをまとめたもので、この地域の地下水を知るには最初に見たい本となっています。
全国の地下水を知るための本には、農業用地下水研究グループ編:日本の地下水(地球社 1986)と地下水要覧編集員会編:地下水要覧(山海堂 1988)があります。どちらも事典のような本ですが、全国の平野部の水理地質構造と地下水について詳細な記載がされています。この2冊があれば日本の地下水についてある程度調べることができます。
地下水に関する政策面や資源面については、地下水政策研究会編著:わが国の地下水 その利用と保全 (大成出版社 1994)と 科学技術庁資源調査会編:日本の地下水資源(地下水技術協会 1983)があります。前書は国土庁の地下水対策室の監修しており地下水のコスト、使用量現況、障害、汚染、法制度や涵養などについてコンパクトにまとめられたもので、後書は国が資源としての地下水についての保全と使用に関する調査報告で実態の推移と技術的な進展などを取りまとめたもので、地盤沈下や自治体の地下水採取規制の条例なども付属として記されています。最近の環境保全型社会をめざす地下水環境と地下水資源マネージメントについての著書としては、佐藤邦明編著:地下水環境・資源マネージメント(同時代社 2005)があります。特に地下水環境として地下利用・廃棄物・地下水汚染、地下水資源の適正利用のおける計画と実践、法制度と揚水技術の実情について詳しく記されています。
近年は斜面における地下水の挙動が注目され、多くの研究が進展している中、斜面水文学としての研究書となるのが、日野ほか共訳:カークビー新しい水文学(朝倉書店 1983)です。斜面の地下水に関する研究書が少ないため貴重な本で古書店においても入手が難しい本となっています。
地下水の水質についての本では、やや古いものですが、小島貞男・三村秀一・菅野明男共著:上水・井戸水の分析(講談社 1974)があります。この本はフィールドワークシリーズ ; 水編というシリーズの中の1冊で、化学分析の仕方について解説がされています。
最新のものとしては、日本地下水学会編:地下水水質の基礎 (理工図書 2000)があります。地下水に関する水質分析の詳細が記されておりかなり専門的な内容となっています。
このほかに、自然地理学や地球環境関係の本の中にも、水文学の記述に地下水に関する内容のものが多くあります。
最近の本では、大山正雄・大矢雅彦著:大学テキス 自然地理学下巻(古今書院 2004)の第6章水文 に地下水の項があります。地理学基礎シリーズ2 高橋日出男・小泉武栄編著:自然地理学概論(朝倉書店)の13.水の循環と水資源の中の13.4地下水の項や13.5水資源(2)地下水利用の項などに地下水に関する記載があります。松岡憲知ほか編:地球学シリーズ1地球環境学 第Ⅲ部(古今書院 2007)の水循環システムの中、同じく地球学シリーズで、上野健一・久田健一郎編:地球学シリーズ3地球学調査・解析の基礎(古今書院 2011)の第Ⅲ章 水文 の中などに地下水に関する記述があります。このほかに 中村和郎ほか編:日本の地誌1 日本総論Ⅰ(自然編)(朝倉書店2005)の中のⅡ.日本列島の自然景観4.日本の水循環と水利用に(4)日本の地下水として数ページ記載があります。
また、ここでは紹介しませんが、地学関係の教科書や啓蒙書、農業関係の教科書や専門書においても、わずかではありますが地下水に関する記述があります。